「マリイ・ロオジェ事件の謎」(ポー)

では、本作品を読む意義はどこにあるのか?

「マリイ・ロオジェ事件の謎」
(ポー/渡辺温訳)(「ポー傑作集」)
 中公文庫

「ポー傑作集」中公文庫

美しい娘・マリイ・ロオジェが
行方不明となり、セエヌ河で
その死体が発見される。
パリ警察は殺人事件と断定、
捜査を開始するが、手がかりは
一向につかめなかった。
警視総監は
モルグ街の事件を解決した
デュパンに調査を依頼する…。

ポーが創造した探偵
オーギュスト・デュパンの、
「モルグ街の殺人」に次ぐ
第二作目にあたります。
デュパン・シリーズは
「モルグ街」と本作、
そして「盗まれた手紙」の三作だけです。
「モルグ街」と「手紙」は
いろいろな出版社のポー作品集に
収録されているのですが、
本作品は本書・中公文庫刊
「ポー傑作集」以外は、
全集を銘打っている創元推理文庫刊
「ポオ全集Ⅲ」くらいでは
ないでしょうか。
その理由は「面白くないから」です。

〔主要登場人物〕
「私」
…語り手。デュパンの友人。
C.オーギュスト・デュパン
…私立探偵。
G―氏
…パリ警視総監。
 デュパンに事件の相談をする。
マリイ・ロオジェ
…香料店の売り子。二十歳の美しい娘。
 殺害され、死体で発見される。
エステル・ロオジェ
…マリイの母親。
 母子二人の生活を送っていた。
ル・ブラン
…香料店店主。マリイの美貌に
 目をつけ、売り子として雇った。
ジャック・サン・テュスターシュ
…マリイの許嫁の青年。
 失踪直前のマリイと会っている。
ボオヴェー
…マリイの死体を発見した紳士。
マンネエ
…最初に拘束された男の一人。
 証拠不十分ですぐ保釈された。

〔主要登場新聞紙〕
「エトワール紙」

…死体がマリイのものではない
 仮説を主張。
「コムメルシェル紙」
…マリイが家を出た証拠が
 全くないことを主張。
「ソレイユ紙」
…セエヌ河の川岸の叢林で
 殺人現場を発見したと主張。
「メルキュウル紙」
…犯行は悪漢団の
 仕業であることを主張。

主要登場人物に続いて、
なぜ主要登場新聞紙なるものを
紹介しているのか
不思議に思うかも知れません。
じつは登場人物は、
「私」なる話者かデュパンの話の中、
もしくは新聞の記事上に現れるだけで、
一切直接的な行動は
記されていないのです。
本文のほとんどは、
デュパンの一人語り、
それも各紙の批評(というよりも
「否定」)に過ぎないのです
(したがって各紙に
何が書かれてあったかを把握することが
作品理解につながるためなのです)。

作品発表当時、「物語としては
ほとんど成立していない。
なぜなら登場人物は
動きもしなければ喋りもしない」として
批判的な評価で占められたのも
うなずけます。
実際、読んでみると
退屈を覚えてしまうのです。
では、本作品を読む意義は
どこにあるのか?

本作品は、ポーによる
「探偵小説」という分野における
開拓作業の
第2作目にあたるものであり、同時に
「探偵小説」なるものの形を作ろうと
試行錯誤をした記録でもあります。
本作品に刻まれた、
ポーの格闘の形跡こそ、
現代の私たちが
味わうべきものであると考えます。
たとえ作品として
成立していないにせよ、
探偵小説第2作目において、
現実の迷宮入り事件を素材に、
その解決の糸口を模索し、
それを作品として昇華させたのです。
自ら創り上げた探偵デュパンに、
現実の難事件を
解決させようとしたその試みは、
作品の出来不出来にかかわらず、
評価されてしかるべきものであると
思うのです。

このデュパン・シリーズを踏襲
(変人の探偵と常識人をコンビにして
相棒を物語の書き手とするような
一連のスタイル)して、
ドイルがホームズを創造し、
探偵小説は一気にその形を
完成させるにいたりました。
本作品は、その途上の、
貴重な記録なのです。
「作品として成立していない」などと
いわず、ぜひ味わってみて
いただきたいと思います。

〔本書収録作品一覧〕
黄金虫 渡辺温 訳
モルグ街の殺人 渡辺温 訳
マリイ・ロオジェ事件の謎 渡辺温 訳
窃まれた手紙 渡辺啓助 訳
メヱルストロウム 渡辺啓助 訳
壜の中に見出された手記 渡辺温 訳
長方形の箱 渡辺温 訳
早過ぎた埋葬 渡辺啓助 訳
陥穽と振子 渡辺啓助 訳
赤き死の仮面 渡辺温 訳
黒猫譚 渡辺啓助 訳
跛蛙 渡辺啓助 訳
物言ふ心臓 渡辺温 訳
アッシャア館の崩壊 渡辺啓助 訳
ウィリアム・ウィルスン 渡辺温 訳
渡辺温 江戸川乱歩
春寒 谷崎潤一郎
温と啓助と鴉 渡辺東 著

(2023.6.2)

PetraによるPixabayからの画像

【関連記事:ポー作品】

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA